JR西日本は2022年3月29日、プレスリリースにて2023年4月1日に大阪近郊区間内の運賃のうち特定運賃を改定すると公表した( 京阪神エリアの割安な特定区間運賃の一部見直しについて )。今回はこれについて見ていく。
特定運賃区間で値上げへ
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、大阪近郊区間内の特定運賃設定線区で運賃値上げを行う。
そもそもJR西日本は1987年に日本国有鉄道の旅客輸送部門の一部を引き継いだ会社である。晩年は2年程度に1度運賃値上げを行い、国鉄分割民営化7か月前の1986年9月1日にも運賃改定を行っている。
JR西日本は1987年4月1日に日本国有鉄道の旅客事業のうち一部を引き継ぐ形で設立したため、運賃制度は国鉄のものを踏襲しており、消費税率改定を除き値上げをしていない。このため最後の実質的な運賃改定は1986年9月1日国鉄運賃改定であり、実に36年7か月もの間運賃を維持してきたことになる。
対して関西大手私鉄は5社とも同日に運賃改定を行うのが通例となっており、国鉄最後の運賃改定以降1987年5月16日、1991年11月20日、1995年9月1日にそれぞれ消費税率引き上げ以外の理由で運賃を引き上げている。
そもそも関西大手私鉄の運賃は関東大手私鉄とほぼ同水準で、1987年5月16日運賃改定も小幅な改定だったためほぼ関東大手私鉄と同じ運賃水準を保っていたのだが、1991年11月20日と1995年9月1日に大幅な運賃値上げに伴い関東大手私鉄より大きく値段が高くなった。これによりJR西日本の電車特定区間運賃とも近く、場合によっては私鉄運賃より多少割高に設定していたJR西日本の特定運賃よりも高くなってしまった。
しかもJR西日本の前身国鉄大阪鉄道管理局・国鉄天王寺鉄道管理局では全国の国鉄に先駆け1978年7月8日より割安な特定運賃を設定し私鉄との運賃差を少しでも解消しようと努めてきた。が、JR西日本発足後に快速や新快速の120km/hや130km/hによる高速運転と大手私鉄の運賃値上げにより相対的にJR西日本が優位になった。
また当時国鉄の運賃引き上げには国会の承認が必要だったほか、国鉄が分割民営化しJR西日本となった後でも運賃の上限引き上げには運輸省や国土交通省に上限申請を行い認可を受ける必要がある。ただ所定の運賃より割安な特定運賃は上限未満の運賃を設定していることから、届出だけでできるため、鉄道会社側の言い値で運賃を設定することができる。
そこで今回の運賃改定ではJR西日本大阪近郊区間のうち、所定の運賃より割安で届出だけで値上げができる特定区間の運賃を引き上げることとしたのである。
もし普通運賃を大手私鉄と揃えたとしても、1か月定期券の割引率が関西大手私鉄は36~40%程度なのに対しJR西日本を含むJR旅客各社はは約50%も割引しているほか、3か月定期や6か月定期は1か月定期と比べ大手私鉄はそれぞれ5%引や10%引であるが、JR西日本を含むJR旅客各社は1か月定期と比べそれぞれ10%引や20%引と割引率が高い。
つまりJR西日本の普通運賃が大手私鉄と同額だとしても、通勤1か月定期は大手私鉄より25%程度安く済むし、6か月定期に至っては35%程度も安くつくのである。
そこで今回の運賃改定では、運賃の上限認可を必要としない割安な特定運賃区間で競合する大手私鉄より普通運賃が安い区間を運賃同額とするほか、割引率の高い通勤6か月定期券の割引率を1か月定期券と比べ20%程度の割引から14~16%程度の割引に抑えることで値上げを図ることとした。
特定運賃区間のみの運賃改定のため普通運賃表の更新が必要なのはたった32駅のみ、しかも数駅のため最悪シール対応でできてしまうほど手間がかからない。
ただ、JR西日本の東海道線(JR京都線・JR神戸線)と同一運賃で他社線であるJR東海の東海道新幹線が利用できることから、東海道・山陽新幹線の京都~新大阪・新神戸(神戸と同一営業キロを使用)にて特定運賃を適用している。もしこの区間をJR西日本側だけで値上げしてしまうとJR西日本とJR東海で運賃が別となってしまい新下関~博多間における山陽新幹線と山陽本線・鹿児島本線のような別線扱いとなりかねないし、JR東海からすれば不必要な値上げを強いられることになる。このため今回のJR西日本運賃改定では、特定運賃のうちJR東海と絡む京都~大阪・神戸間の普通運賃の改定は行っていない。
また、通勤定期券に関しても東海道新幹線の通勤定期FREXが1か月定期と3か月定期の設定があり、運賃部分は在来線と同様の割引率であることから1か月定期や3カ月定期の割引率も変更できない。また東海道新幹線と絡む区間以外のみ割引率を下げて値上げすることもできるが、それでは不公平感が否めない。そのため苦肉の策として新幹線定期の設定がない6か月定期のみ割引率を下げて値上げを図ることとなった。
なお今回の運賃改定では通学定期券の値上げは行わない。一見子育て世帯にやさしい政策の一環化に見えるが、実態は20kmまでの通学定期はすでに大手私鉄と比べべらぼうに高く普通運賃が同額の場合でも大手私鉄の方がはるかに安いため、これ以上値上げできないためである。
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定で普通運賃を値上げするのは主に5方面である。それでは区間ごとにどのように変化するのか、見ていこう。
大阪~高槻間で値上げも引き続き割安運賃設定へ
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、JR京都線で運賃値上げを図る。
大阪~高槻間は所定の普通運賃は310円だが、260円の特定運賃を設定している。今回の運賃改定では阪急に合わせ280円に値上げすることとなった。
しかも細かいことに大阪~JR総持寺間の運賃は阪急の大阪梅田~総持寺間に合わせ270円とするのである。しかも多くの区間で阪急京都線がJR京都線の近くを通ることから、大阪~高槻間のうち15km超の区間に設けていた特定運賃を2段に分け、18km以内なら270円、18km超なら280円に引き上げることとしたのである。
なお大阪~京都間は先述したように国鉄時代の慣習から同線扱いではあるものの他社線であるJR東海の東海道新幹線との兼ね合いで普通運賃を値上げできないため、新幹線定期券の設定がない通勤6か月定期の値上げのみを行う。
JR奈良線で多少値上げも近鉄より安値に設定へ
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、奈良線でも運賃値上げを図る。
奈良線では京都~新田間のうち15kmを超える区間にて普通運賃を290円から300円に値上げする。京都~新田間は18.1kmで所定では330円かかることを考えると、まだ所定より30円安い。
この300円というのは2022年時点での近鉄京都線京都~大久保間13.6kmの運賃300円に由来するが、そもそも近畿日本鉄道は2023年4月1日に300円区間を360円に値上げするとしている。そう考えるとJR西日本が普通運賃を所定の330円としても十分安いし、定期券では近鉄と比べさらに安くなる。そう考えると京都~新田間では特定運賃を廃止し所定の330円としても十分競合できるのではないだるか。
また今回の運賃改定直前にJR奈良線では京都~城陽間の完全複線化が完成するため、2023年3月JR西日本ダイヤ改正にて完全複線化を反映し所要時間の短縮を図る見込みだ。このためJR奈良線の運賃値上げは旅客側にも十分メリットがあるし値上げ後もJR西日本の方が安い。そう考えるとJR奈良線での運賃値上げは妥当なのではないだろうか。
なお京都~奈良間をJR奈良線で行くと所定では770円かかるところを特定運賃適用で普通運賃720円に値下げしている。近鉄京都線の場合京都~大和西大寺間は普通運賃で570円だが、2023年4月1日近畿日本鉄道運賃改定をもってしても680円までしか値上がりしない。そう考えると、京都~奈良間の特定運賃は維持する見込みのようだ。
阪和線で南海に合わせわずかに値上げへ
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、阪和線でも運賃値上げを図る。
阪和線では天王寺~和歌山間のうち50kmを超える区間において870円の特定運賃を設定している。天王寺~和歌山間は61.3kmであるから、所定の運賃は1,100円となっている。
これは南海電鉄の安い運賃に対応するものとなっている。南海電鉄が難波~和歌山市間を930円、新今宮~和歌山市間を890円で行けることを考えると、JR所定の1,100円では確かに太刀打ちできない。
ただ今回の運賃改定では、南海電鉄より運賃の安い天王寺~和歌山間のうち56kmを超える区間にて特定運賃を870円から890円に引き上げることとした。
ただ、阪和線は輸送密度から考えても熊取~和歌山間は電車特定区間から外して幹線運賃にしても良いと思うのだが。
もっとも熊取~和歌山間を電車特定期間から外しても関西空港発着の運賃は変わらないし、天王寺~和歌山間のうち50km超の区間に課している特定運賃も変わらない。もっとも和歌山から大阪駅(梅田)に行く際には1,270円から1,340円に値上げとなるが、値上げしてもキタに直通したい人は使ってくれるだろう。
大和路線で値上げも競合区間なのか?
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、大和路線でも運賃値上げを図る。
大和路線のうち天王寺~奈良間は所定650円のところを470円の特定運賃を設定しているが、今回の運賃改定で470円から500円に引き上げる。
ただ500円の根拠がいまいち不明瞭で、天王寺から一番近い近鉄奈良線の駅である大阪上本町(といっても天王寺から2km以上離れており、徒歩30分かかる)から終点の1つ手前の新大宮までなのか、はたまた鶴橋から近鉄奈良なのかが分からない。というのも、大阪上本町~近鉄奈良間は570円となってしまうし、鶴橋まで行くなら130円払って大阪環状線に乗った方がはるかに楽なので特定運賃を500円に合わせる必要がないのである。
正直ICカード利用が多くなるピッとすれば勝手に計算するようになっている中(しかも昼間特割きっぷの売っていなかった路線である)、運賃を500円ワンコインに揃える必要性はないだろう。
そう考えると、別に天王寺~奈良間の特定運賃はJR難波~奈良間の特定運賃と同じ570円まで値上げしても問題ないのではないだろうか。
ただ、競合する近畿日本鉄道では2023年4月1日に運賃を改定し、500円区間は590円に、570円区間は680円にそれぞれ値上げする。
これによりJR難波~奈良間も所定730円で特定運賃570円をかけているが、値上げは可能だ。ただJR難波~奈良間の直通列車はほとんど運転がないことを考えると、値上げしても近鉄よりは安くした方が良いとは思うが。
ただ、新今宮や天王寺からは奈良への直通列車を多く運転しており、平日朝夕ラッシュ時は毎時6本以上の快速がある他、昼間も15分間隔毎時4本で大和路快速の運転がある。所定では650円のところ500円~570円の特定運賃を敷いているが、大阪難波~近鉄奈良間の近鉄が680円かかるようになる以上、新今宮・天王寺~奈良間で所定の650円になっても乗ってくれるだろう。
大阪~神戸間で新快速を含め値上げも三ノ宮・元町発着は据え置きへ
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、JR神戸線でも運賃値上げを図る。
そもそも大阪~神戸間の25km超の区間に特定運賃410円を設定していたため、大阪~三ノ宮・元町間も同じ410円である。
対する阪急・阪神は大阪梅田~神戸三宮・元町間は普通運賃は320円とJR西日本より安いものの、大阪梅田~高速神戸間は神戸高速船の運賃130円を加算する関係で普通運賃で450円となり、JR西日本より高くなっている。
そこで今回の運賃改定では、神戸発着に限り運賃を値上げすることとした。
大阪梅田~高速神戸間は阪急及び阪神経由で450円、野田~高速神戸間は阪神経由で440円、尼崎~高速神戸間は阪神経由で420円であるから、それぞれに合わせ大阪・北新地~神戸間を450円、海老江~神戸間を440円、尼崎~神戸間を420円にそれぞれ設定した。
ただ、大阪~神戸間は天下の新快速が25分で結んでいる。東京~横浜間より長い距離を東海道線の28分より短い25分で結ぶ天下の新快速が、東京~横浜間のIC473円より安い450円で利用できること自体が安すぎやしないか。
しかも通勤定期で考えると、高速神戸からの場合神戸高速線と阪急または阪神の合算となるため非常に割高となり、もしJR西日本が所定の570円の普通運賃を徴収しても通勤定期代は1か月からJR西日本の方が安いありさまだ。
そう考えると、値上げしたとはいえ大阪~神戸間の普通運賃450円は安すぎると言わざるを得ない。
そもそも大阪梅田~神戸三宮間の阪急阪神の普通運賃320円より90円高い410円でもJR西日本の新快速には乗ってくれるのだから、大阪梅田~高速神戸間の普通運賃450円より90円高い540円でも新快速には乗ってくれるだろう。むしろ中途半端に同額にするより思い切って値上げした方が新快速自体のプレミア価値が上がるし多少利用客が減っても増収分で十分カバーできるのである。
なお通勤定期運賃は大阪梅田~神戸三宮・元町でもJR西日本の方が安い。このため通勤6か月定期は大阪~元町間で大きく値上げを図ることとなっている。
このほか、上記の区間より広い範囲でJR神戸線やJR京都線、阪和線、大和路線及びJR宝塚線で通勤6か月定期の割引率を1か月定期と比べ20%引から14~16%引程度にまで下げ、値上げを図ることとなった。
このご時世で近距離利用の割合が相対的に増えているが、大阪都市圏の電車特定区間においては、15km以内の普通運賃240円以下の区間は幹線運賃と同額として各区間20円~40円値上げしたとしても、初乗り普通運賃は150円とほぼ関西大手私鉄より10円安いし、それ以降の区間の普通運賃は京阪・近鉄・南海より安いし、通勤1か月定期では阪神や阪急と同額か安くなるなどほぼ互角の戦いができるし実際JR宝塚線はそうしているのである。差し当たり大阪都市圏の電車特定区間普通運賃を15kmまでは幹線運賃と同額にし、競合上必要であれば別途特定運賃を設けて運賃の値上げを図るべきだろう。
今回の運賃改定は普通運賃の値上げが小幅なほか、特に他社であるJR東海の東海道新幹線との兼ね合いで運賃値上げが不完全燃焼で終わった感が強い。そう考えると今後の動き次第でJR西日本が管内全線を対象に大幅な運賃値上げを行う可能性があり、今回の大阪都市圏の電車特定区間内の特定区間の一部の運賃値上げはその序章にすぎない可能性も十分考えられる。
(2022.8.23 追記)なおこの後2023年4月1日より大阪電車特定区間内では普通運賃一律10円、通勤定期1か月300円の鉄道駅バリアフリー料金制度による加算運賃を徴収することとなった。
ただ同時に関西私鉄各社及びOsaka Metroのほとんどで導入するため(導入を見送る近鉄はそもそも基本運賃を引き上げる)、競合私鉄との差額には影響はなさそうだ。
結び
今回の2023年4月1日JR西日本運賃改定では、所定の運賃より安値の特定運賃を実施している線区で運賃を値上げすることとなった。
ただ定期券割引率が高いにも関わらず普通運賃を競合する大手私鉄と合わせてもJR西日本が優位であることに変わりはなく、むしろJR神戸線や大和路線では阪急や近鉄以上に普通運賃を値上げを図るべきではないだろうか。
また他社であるJR東海の東海道新幹線との兼ね合いで運賃値上げに大きく制約ができてしまい、大規模な運賃値上げができず燃焼不良を起こしている感が強い。
今後JR西日本でどのように運賃を引き上げるのか、見守ってゆきたい。
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